みつばちジョシュア 透きとおった風が山から吹きこむと、ふもとの草原にはようやく春がおとずれました。 この季節を待ちわびていたミツバチたちは、今日も大忙し。広い草原を行き交っては、花から花へみつを集めて飛びまわるのです。 そんなある日のことでした。ミツバチたちの中でもひときわ働きもののジョシュアが、みつ集めに夢中になるあまり、知らず知らずのうちに草原のはずれにまできてしまったのです。 「…ずいぶんと遠くまできちゃったな」 ジョシュアが気づいてあたりを見渡すと、まわりにはもう花どころか草すらも生えていません。 そこには、むき出しになった大地と抜けるような青空があるだけでした。 「早く帰らなきゃ、巣のみんなを心配させちゃう」 ジョシュアが急いで帰ろうとした、そのときです。 「あの…あなた、もしかしてミツバチ?」 とても小さくて、でもくっきりと澄んだ声がどこからともなく聞こえてきたのです。 おどろいたジョシュアがきょろきょろしていると、転がった石のかげから小さな花が顔を出しました。 「こんにちは。わたしマリー」 それは、こんなさみしい場所にたったひとつだけ咲いていた、かわいい黄色の花でした。 その黄色は、草原に咲いているどんな花よりもあざやかです。 「こんにちはマリー。ぼくミツバチのジョシュアって言います」 ジョシュアはお尻の針をぺこりと下げておじぎしました。 「わあ、やっぱりミツバチなんだ。はじめましてジョシュア」 マリーは顔をきらきらさせて言います。 「ジョシュアはどこからきたの?」 「ずっと向こうの、あの草原からきたんだ」 ジョシュアは、もうずいぶんと遠くなってしまった草原を指さします。 「あんなに遠くから…?」 「うん。みつを集めるのに夢中になってたら、気づかないうちにここまできちゃったんだ」 ジョシュアが恥ずかしそうに言うと、マリーはくすくす笑いました。 「もうつかれちゃったでしょ、少し休んでいったらどう?」 「ううん、へっちゃらだよ。もうすぐ弟たちが生まれるんだ。がんばってたくさんみつを集めなきゃ」 ジョシュアは得意げにお尻の針をふりました。 「そう…じゃあ、わたしのみつもあげるね」 マリーはほほえんで、花の中のみつを差し出します。 「わ、こんなにたくさん。ありがとうマリー。巣で待ってるみんなも喜ぶよ」 両手いっぱいにみつを抱えたジョシュアがマリーにお礼を言って、巣に帰ろうとしたときでした。 さっきまであんなに笑っていたマリーが、なんだかとてもさみしそうだったのです。 「…どうしたの、マリー?」 ジョシュアがマリーの葉っぱにちょこんととまって、心配そうに聞きました。 するとマリーは、ぽろぽろと泣きはじめてしまったのです。 「ジョシュアはいいなあ…みんながいて。わたしはここでいつもひとりぼっち」 それからマリーは、その黄色の花びらがしわしわになるまで泣き続けました。 このさみしい草原のはずれに、マリーはずっと、ずっとひとりぼっちなのです。 ジョシュアは羽をぱたぱたさせて、マリーの涙を乾かしながら言いました。 「これからはぼくが会いにくるよ。マリーはもうひとりぼっちじゃない」 そうして、ふたりは友だちになったのです。 それからというもの、ジョシュアはくる日もくる日もマリーに会いにいきました。 そして、いつもきまってマリーの葉っぱにとまっては、弟たちのことや巣のこと、草原であったいろいろなことを話して聞かせるのです。 草原のはずれはあいかわらずさみしい場所でしたが、そこにはいつもふたりの話し声が響くようになりました。 雨の日も、風の日も、マリーはもうひとりぼっちじゃなくなったのです。 あっというまに夏が終わり、やがて秋がおとずれました。 あんなにあざやかだったマリーの黄色い花びらは、まっ白でふわふわとした綿毛へと変わったのです。 「マリー、マリー」 ジョシュアの呼ぶ声がして、マリーは目を覚ましました。気づけばもうお日さまはかなりかたむいて、夕暮れが迫っています。 そばにはいつものように、マリーの葉っぱにちょこんととまったジョシュアがいました。 「…ごめんね、寝ちゃってたみたい」 マリーがそう言うと、ジョシュアが小さく笑います。きのこ山のジャンボしいたけの話はもうおしまいにして、ふたりは夕日をながめました。 お日さまのやさしい光が、草原のはずれをこがね色に染めていきます。 「…わたしね、ずっとここでひとりぼっちだったの」 思い出したようにマリーがそんなことを言いました。 いつしか冷たい風が吹きはじめて、マリーの綿毛をひとつ、またひとつと舞い上がらせていきます。 「でも、今はジョシュアがいてくれる」 「うん。今度は弟たちもつれてくるよ。マリーにもらったみつで、みんなどんどん大きくなってるんだ」 ジョシュアがそう言うと、マリーはとてもうれしそうな顔をしました。 さっきよりも少しだけ強い風が、さわさわと音を立てて地面をなでます。 「…もういかなきゃ」 その声がとても小さくて、ジョシュアはマリーの茎によりそいました。 「…どこへいくの?」 ジョシュアが不安げに聞いても、マリーは答えません。 そうしているあいだにも、マリーの綿毛はどんどん散っていきます。 「…どこにもいっちゃやだ、ぼくをひとりぼっちにしないでよ」 ジョシュアが涙をにじませて言いました。 「だいじょうぶ。わたしにジョシュアがいてくれたみたいに、ジョシュアには巣で待ってくれるみんながいるよ。ひとりぼっちなんかじゃない」 もうぼろぼろのマリーは、それでもはじめて会ったころのようなくっきりと澄んだ声で、やさしくそうささやくのです。 「また、会えるよね…?」 「うん、きっとまた会えるよ」 そして、もういちどだけ風が吹きました。 「いっしょにいてくれてありがとう」 ジョシュアの涙をぬぐうようにして、マリーは空へ飛んでいったのです。 長い冬が終わって春になり、それをくり返してまた何度目かの春がおとずれました。 あのさみしかった草原のはずれには、いつしかあざやかな黄色の花があたりいちめんに咲くようになったのです。 そして今日もその上を、ミツバチたちが忙しそうに飛んでいきました。 おわり